佐藤好伸さん
姉川の志士たち / 大戸洞舎

 
第3回

ぼくは食べることが大好きなんです

2006年4月13日 菱川貞義

(佐藤さん)
 ですから、ただ昔のような自然にもどそう、というのではなく、いまの生活にあった自然というか、里山をつくっていくことが大事じゃないかと思うんです。
 

 それと、味覚って、結局、“なれ”ですよね。ぼくは子どもの頃から両親に好き嫌いは許されなかったんです。ただ、たんに「だめだ」というんじゃなくて、「残すのはもったいない」というのもありますし。それが本当に嫌いかどうかは、食べてみないとわからないんです。
 いい食べ物は、絶対おいしいと感じるときが来るんです。先ず食べてみる。それでちょっと工夫すれば、もっとおいしくなってきたり、食べるのって楽しいです。ぼくは食べることが大好きなんです。

 
(大前さん)

 本来、食べることってそうなんですよね。癒しでもあるし、楽しみでもあるし。いまはそれがちょっとおかしい。「栄養があるから食べる」なんていったりするわけです。あと、見た目だけで選んだり。
 「楽しく食べよう」というのはないですね。子どもも、せっかくの食事を一人で済ませたりしている。日々の生活のなかで、食というものをもっと中心に考えないといけないと思うんです、
 

(佐藤さん)
 おっしゃるとおりですね。

(大前さん)
 わたし、いつも思うんですけど、動物というのはみんなえさ場をつくるんですが、いま、人間は、家の中にえさ場がなくなっているんです。家族みんなが勝手に食べている。そこには、癒しもなければ、安心もない。

 
(佐藤さん)

 いま、路地でトマトをつくっているんですけど。販売用ではなくて、トマトソースをつくっているのと、ここに「食の体験」とかで来られたときに出していて。
 なぜかというと、ぼく自身の思い出の中に、夏休みに必ず両親のところ(実家)に泊まることがあるんですけど、行くと必ずトマトがあって、完熟のままぶらさがって、収穫されないで残っているようなやつを毎日5、6コとって食べてから、ザリガニとりなんかに出かけてたんですが、そのトマトの味がものすごく印象に残っていて、忘れられないんです。
 で、トマトが大好きになってるんですけど、東京でハウス物のトマトとか売ってても、少しも食べようとは思わないんです。それは“トマト”じゃないんです。一度ほんとうの味を知ってしまうと。そういう本物の味をここへ来られた人に少しでも知ってもらいたいと思って、トマトをつくっているんです。

 

 

(つづく)